英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その5)
5. エリザベス女王の天覧芝居
祝祭日に催されるお祝いの行事や式典は、田舎で平凡に暮らす人々にとってだけでなく、若くて好奇心旺盛なシェイクスピアにとっても、都会から地方へ興行してくる旅回りの劇団をナマで観る刺激に満ちあふれた機会だった。町の中で東西と南北に走る道が交錯するストラトフォード市にはしばしば、レイセスター劇団、ストレンジ男爵の劇団、エセックス伯爵の劇団といった、ロンドンを中心に活躍する有名な一座が遠征の公演を行うために立ち寄っている。
中世のイギリス演劇発展と密接な関係のある祝日の一つにコープス・クリスティ(キリストの死と復活)が挙げられ、モラリティー・プレイ、ミステリー・プレイあるいはサイクル・プレイといった当時主流のドラマは、このコープス・クリスティをお祝いする期間中に、旅回りの劇団主導で公演されていた。なかでもモラリティー・プレイは宗教色が濃く、その内容はカトリックの秘蹟であるサクラメントに関するものがほとんどで、洗礼、堅信、聖体、告解、終油、叙階、婚姻の7つのエピソードを題材に扱っていた。新旧約の両聖書の話をベースにし、罪、許し、祝福、悲哀、そして美といった寓話的なキャラクターをドラマの中に登場させ、人間の愚かさや弱さを際立たせつつ、サクラメントを説くモラリティー・プレイには人気があった。文字の読めない人がほとんどの当時を考えると、教会の教義をわかりやすくするために考えられたモラリティー・プレイは大成功だったと言えよう。
1575年には女王エリザベス一世の一行がレイセスター伯爵の主催する催し物に招待されて、ストラトフォード市内のケネルワース城に宿泊した。女王とその側近を迎えてのお祭り騒ぎは、彼らの滞在中の三週間あまり続き、さまざまな催し物が絢爛豪華に執り行われた。ストラトフォード市郊外から、女王に敬意を示すために来場した一般客のためには、屋外での催し物も数多く行われた。毎夕方には趣向を凝らした娯楽やモラリティー・プレイ、ギリシャ・ローマ神話に基づく芝居などが行われ、若いシェイクスピアも観劇していたにちがいない。
シェイクスピアにとって、1575年のエリザベス女王の来訪による町を挙げてのお祭りと毎年行われていたコープス・クリスティは、当時のルネッサンス時代の洗練された舞台芸術を目にする絶好の機会を与えた。これがシェイクスピアに舞台芸術にのめりこむきっかけを作り、魔法のような芝居の魅力にとりつかれてしまったという推測は極めて真実に近いものだろう。
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