大学受験と違って、MARCHや日東駒専のように知名度で選ぶ訳ではない。また、模試を受けて自分の偏差値を知り、合格できる大学院を受ける訳でもない。君の興味と研究テーマに対応できそうな学びの場を探し出し、君の学びを完成させる場としてふさわしいかどうかを前提に、受験する大学院を絞り込む。
例えば、舞台芸術学に興味があり、17世紀のフランス演劇を研究テーマにしたい場合は、モリエーレやラシーヌについての本をたくさん書いている大学の先生を見つけて、その著書を図書館で借りるなどして、徹底的に読み込むことが志望大学院決定の第一歩だ。その後、メールで志望の旨など事情を説明し、できれば会って話して、担当教官との感触を確かめることが王道。自身は在学中に、担当教官になる人の研究分野の論文を読み込み、住んでいたオレゴンからインディアナまで6時間かけて会いに行き、人柄や研究施設などを見て決めた。アメリカではその流れが一般的だ。2年間お世話になる方と研究する場所をしっかり見てから決めることをお薦めする。
オレゴン大学院とパデュー大学院を受験したが、両方とも英語(TOEFL)、ポートフォリオ(芸術履歴書)、パーソナル・ステイトメント(研究計画書)、それに大学4年間の成績証明書が必要だった。特に、ポートフォリオは理系・文系問わず、大学院に行く者にとって、自分を売り込むための必須アイテムではないだろうか。自分が何者で、何に興味があり、こんなことをしてきたんだよと客観的に、そして即座にわかってもらえる自分の作品のショーケースのようなものだ。しかも、ポートフォリオを体裁よく作れれば、これだけ上手くまとめることができるんだという所もアピールできるはずだ。それはつまり、人を採用する側の指導教官にとっても、この人なら仕事を任せられるというところの判断材料でもあるのだ。ポートフォリオを充実したものにするために、大学1年次からの作品・実験はもちろん、長期休暇中の活動状況(研究分野に関連したバイト・インターンなど)は写真やデータと共にしっかり保管をお薦めする。
日本の大学院は研究計画書、英語入試、専門科目入試、面接で決まるところがほとんどだ。高い専門性が求められるために、どれも周到な準備なしでは合格はない。社会人入試の場合は免除される試験もあると聞く。いずれにしても合格への第一歩は情報収集だ。
大学院入学試験合格の決め手は英語入試の和訳問題と英作文問題にあるかもしれない。なぜなら、両方とも基本からやり直せば、必ず伸びてくる部分だからだ。基本とはもちろん、単語・熟語・文法。ここをみっちりやらずに、焦って過去問の読解から始めても、時間を浪費する空回りとなり、必ずと言っていいほどいい結果は出ないことを断言する。
仮に大学院に入学して、自分の立てた仮説を証明できたとしても、それを自分の英語で世界に発信できなければ成果は半減するだろう。自身の仕事を通して感じたことだが、研究者の方でも翻訳者に英訳を丸投げされる方がいるので、多忙な方にはそれもありなのかなとは思う。そもそも大学院まで行ったのに、英語を書けない、読めないのは、今の世の中通用しない。
基本(単語・熟語・文法)ができたら、過去問を何度も繰り返して、傾向に慣れる。過去問は志望大学院の研究科事務室に行けば入手できる。サブ・リーダーとしては河合塾さんの英文読解の透視図をお薦めする。この名著をかれこれ20年近く使っているが、受験生さんと毎年1周する度に新しい発見があり、この本の読解強化の仕掛けに感服する。この本で和訳を繰り返し行い、文の要旨を正確にまとめる練習をし、家で暇さえあれば、音読して速読力をつける。速読の際は作業にならず、自分が日本語同様、その言葉の意味を理解して、口から出していく感覚を身に付ける。音読なくして、速読力はつかないし、リスニングもスピーキングも上達しない。基本である単語と熟語は何度も繰り返し、受験まで忘れないように記憶のメンテナンスを続ける。シスタンであれば、パート1と2を20周。
予想問題としては原書の入手をお薦めする。例えば、舞台芸術大学院志望の場合は、Brockett著のHistory of the TheatreをアメリカのAmazonで買って手元に置く。予想問題をやる時期が来たら、自分の研究分野のチャプターの各パラグラフの第一文と最終文に番号をふって、和訳を始める。各パラグラフの最初の文はトピック・センテンスで、これからそのパラグラフで話すことについて書かれている。最終文はコンクルーディング・センテンス(まとめの文)でトピック・センテンスで書かれたことが例示・比較・具体化・抽象化を通して、こんな結果になったことを表している。アメリカ人の大学院生もリーディングの課題で明日の授業までにこれ一冊読んどいてっていうときはT(トピック・センテンス)とC(コンクルーディング・センテンス)だけ読んでくる。なので、時間がないときに本の要旨をつかむにはいいやり方なのだ。本を読んでディスカッション中心の授業にはぜひ、試してほしい。和訳したら、この人ならという英語の先生に毎週書きためたものを持っていって添削してもらおう。この練習を通して読解力がメキメキ上がるのが普通だ。
アメリカの大学院生は助手として100番台のクラスを担任する代わりに、授業料の全額と給料と健康保険などを雇用者の大学が払ってくれる。その制度では入門レベルの専門科目をどのように授業計画し、わかりやすく教えていくかが極めて重要だった。日米問わず、大学という学びの場ではそこは基本なのではないだろうか。したがって、専門科目を履修したら、今度は自分が入門者に教えるときに、どのようにやるかを図や表とともにレクチャー・ノートにまとめていくのが専門科目のいい練習方法だ。難しい内容をいかに噛み砕いて、入門者に伝えられるかがポイントだ。
大学院受験のあらましと勉強方法についてざっくりとお伝えしてきたが、いかがだっただろうか。自分の努力ではどうにもならないことは世の中にたくさんあるが、努力してなんとかなることも確かにあるのだ。大学院を目指すみなさんが希望の学びの場を手に入れ、研究に没頭・邁進されることを切に願って結びとする。