本文へスキップ

英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略その6 とも英語塾 府中

とも英語塾 府中 ドラマHEADLINE

とも英語塾 府中 ドラマ 論文(日本語)

英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その6)

6. キリスト教より民間伝承

シェイクスピア作の戯曲の中で、観る人に最も恐怖を与えるオープニングのひとつは「ハムレット」だろう。ハムレットの父は実弟に毒殺されるというくやしさからだけでなく、その裏切り者にのうのうと最愛の妻の心まで奪われてしまうという辱めを受けて、うらめしさのあまり、亡霊としてこの世に現れる。その亡霊は夜な夜な、裏切り者に乗っ取られた城の門前に来ては、当直の衛兵を恐怖で凍りつかせる。シェイクスピアは当時広く一般に受け入れられていた、キリスト教とは一風違った、ケルト人が多く住む地方に伝わる幽霊や魔法使いなどの民間伝承に強い関心があった。教義の複雑なカトリック信仰と離れたところで、民衆の視線に立って、超自然を具体化することが、結果として観衆を魅了する舞台演出を生み出すことになった。

シェイクスピアが民間伝承に命を与えている一例として、「真夏の夜の夢」に登場するパックが挙げられる。このパックのモデルとなった人々に悪さをする子鬼を当時の人々はロビン・グッドフェローと呼んでいた。ロビン・グッドフェローは人の邪魔をするのが大好きで、夜になると地上に現れて、人々に魔法をかけたり、つねったり、いらいらさせたり、悪夢を見させたり、果てはロビンの仲間が住む地下世界に引きずりこんでしまうと信じられていた。その一方で、「真夏の夜の夢」のパックも登場人物に魔法をかけて、男女を恋に落ちさせて、あたかも人間の信じやすさを見て楽しんでいるようだが、実のところパックはロビン・グッドフェローよりもはるかに実害がなく、性格もおだやかである。

妖精伝説や多くの民話・神話で知られているケルト民族の民間伝承も、同じく「真夏の夜の夢」の女王の来訪のシーンで演出されている。妖精の王様であるオベロンと女王タイタニアは昼間は人間の大きさをしているが、夜になると2倍のサイズに大きくなる。彼らはまた、人間に害を与えると言うよりも、むしろ自然界に繁栄と安定をもたらしている。ここでも、シェイクスピアが民間伝承内では人に悪意を持っているとされる妖精を、ある程度許せるいたずらをする、比較的無害な妖精に作り変えたことがうかがえる。女性役として出演していた少年たちに、カブウェブ、マス、マスターシードなどの妖精の役をキャスティングし、少年たちの持つ歌声の愛らしさと、軽やかなダンスの身のこなしを、妖精のそれに重ねあわせた演出効果は絶大であったにちがいない。

愛らしい妖精とは対照的に、「マクベス王」の魔法使いは悪意を持った役柄のまま使われている。魔法使いの三人姉妹は「お前なら天下を取れる」とマクベスをそそのかし、彼の王様を暗殺させてしまう。共犯のマクベスの妻は狂い死に、マクベスも仇討ちにきた手勢に討たれる。ここでの魔法使いは手段を選ばず、血をもってしても野望をかなえたいとする人々の心に住む邪悪の具体化である。もともと、魔法使いは地方に住む人々とキリスト教不信者の言い伝えに根ざしており、悪魔教崇拝で知られるジョージ三世のジェコビアン朝では脚光を浴びた。それは、魔法使いや悪魔を代表例として、広く信じられてはいるが、根拠のない作り話を熱心に保存していこうという王朝の意向があったからである。

シェイクスピアが私たちの知らない世界の生き物に役を与えて、舞台で演じさせたことは演出効果絶大で、およそ現在の観劇態度とはかけ離れた、騒々しくがさつな当時の観衆を恐怖で凍りつかせて、静かにさせたことは容易に想像がつく。

次へ ひとつ前へ戻る