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英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その16)

16. マイクロコズムとマクロコズム

13世紀末にイタリアのフローレンスで始まったルネサンスは約200年かけて全ヨーロッパへ波及し、当時の芸術と思想に多大なる影響を与えた。この文芸復興は広く文化の諸領域に革新の気運を引き起こし、最終的には神中心の中世文化から人中心の近代文化へと脱却していく。15世紀後半になっても、イギリスは島国のせいか、いまだに神は人々の中心的存在であり、宗教は彼らの生活に深く根付いていた。エリザベス朝特有の宗教観は神が定めた宇宙の明確な秩序が根底にあり、星と惑星に対する人々の思い入れは、マイクロコズムとマクロコズムの概念に代表されるように、その想像力の点からも特筆すべきである。マイクロコズムとマクロコズムとは人間の存在が宇宙に対して、どのような関係を持っているかを要約したエリザベス朝時代の社会通念である。

マイクロコズムにおいて、人間は物質と精神の間に位置し、両者の橋渡しをする役目を担う。すなわち、人間の中にはさまざまな感情の列車が行き交い、人間はその列車の行き先を決めるポイントを機会あるごとに操作する。感情の両極である情熱と理性を端的に言えば、それぞれ獣と神なのである。この点において、イギリスのルネサンス史研究者のティラードは、「人間は欲望のままに生きる獣から精神的な存在である天使までの万物の感情の一端を有しているが、こういった人間の精神的構造は宇宙の物理学的構造に呼応しているのだ」と主張する。当時の薬学からティラードの考えを検証してみると、太陽系の七つの惑星の動きを十二宮図(ゾディアック)に配したときに、影響を受ける体の各部分を参考に調剤されていたという説が浮かび上がる。十二宮図とは月、太陽、惑星の動きを12等分された表に配したものである。例えば、牡羊座は頭と顔をつかさどり、おうし座は首、ふたご座は肩、しし座は腰と心臓、かに座は胸、腹、そして肺に影響を与えるといった具合である。さらに彗星の出現や三日月は惨事の前触れであると信じられていた。このように人間のマイクロコズムは宇宙のマクロコズムとの比較において理解がなされるのである。

シェイクスピアはマイクロコズムとマクロコズムのような当時の民間伝承を作品中に映し出しているものの、いかなる通念にも傾倒はしていない。例えば、「トロイラスとクルセイダ」のアクト1シーン3では、ユウリシスにこの世に激しい混乱が起こると言わせて、宇宙の秩序が崩壊するのを非常に警戒している。その一方で、「リア王」のシーン1アクト2では、エドモンドに病気になるのはわれわれの不摂生な行いのせいであり、占星術によって太陽や月あるいは星のせいにするのはまゆつばだと発言させ、人々の星に対する思い入れをばっさり切っている。このようにシェイクスピアはエリザベス朝の社会通念に対して、肯定と否定の立場を織り交ぜることにより、シアターに来る人々に疑問を投げかけた。その結果、いまだに神中心の旧体質のロンドンを、人中心の近代的なロンドンへと、ドラマを通して少なからず啓蒙していったのである。

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